1860年9月の第一週、カールスルーエの大公領庁舎は、ヨーロッパでもっとも重要な化学者たちで埋め尽くされた。彼らの科学が開いた、史上初の国際会議のためである。雰囲気は決して晴れがましいものではなかった。1860年の化学は、恥ずかしくなるほど基本的なことをめぐって、自分自身と争っている学問だった。原子の重さがどれほどなのか、誰一人として意見を一致させられなかったのである。同じ物質が研究室ごとに違う化学式を与えられ、水はどの体系を信じるかによって、ある者にはHO、別の者にはH₂Oと書かれた。会議の閉会とともに代表たちが退出していくなか、スタニズラオ・カニッツァーロというイタリア人が通路を歩きまわり、十六ページの小冊子を一人ひとりの手に押し込んでいった。
その一部を受け取った者のなかに、二十六歳の生真面目で長髪のロシア人、ドミトリ・メンデレーエフがいた。彼を有名にすることになる周期表まで、まだ九年を残していた頃である。この小冊子は、ひそかに革命的なことを成し遂げた。ほとんど誰もが退けていた五十年前の考えをよみがえらせ、そうすることで、原子量と分子量のあいだに半世紀にわたって続いていた混乱に終止符を打ったのだ。それが動かしはじめた推論の連鎖は、化学全体でもっとも役に立つ数え方の道具、すなわち今日われわれがモルと呼ぶ単位へとまっすぐ通じている。
この記事は、その単位についてのものだ。その背後にある数がどこから来たのか、なぜ化学者はグラム数を量るだけで原子を数えられるのか、そして六千垓という途方もない量が、なぜこの学問全体でもっとも実用的な考え方になるのかを語っていく。
気体についての、ある弁護士のひそかな推測
カニッツァーロがよみがえらせた考えは、アメデオ・アボガドロのものだった。法律に飽きて物理学に転じた、トリノの弁護士である。1811年、アボガドロは、強力であるにはあまりに単純すぎると思えるほどのことを提唱した。すなわち、どんな気体であっても、同じ温度と圧力で測れば、等しい体積には同じ数の分子が含まれている、というのである。その気体が水素であろうと、酸素であろうと、塩素であろうと関係なかった。同じ条件のもとで二つの同じフラスコを満たせば、たとえ一方のフラスコの重さがもう一方の何倍にもなろうとも、両者は同じ数の粒子を抱えている。
その帰結は微妙だが、計り知れないほど大きい。等しい体積が等しい数を抱えているのなら、二つの気体の等しい体積の重さの比は、それぞれの分子一個ずつの重さの比でもある。決して目にすることのできないものの質量を、手に取れる瓶の質量を比べることで比較できるのだ。アボガドロは化学に、単一粒子の見えない世界から、てんびんで測れる世界へと渡る橋を手渡したのである。
その橋を渡る者は、ほとんどいなかった。この仮説は半世紀ものあいだ、おおむね無視されたままだった。一つには、アボガドロが読者の少ない雑誌に発表したからであり、もう一つには、手ごわいイェンス・ヤコブ・ベルセリウスをはじめとする当時の指導的化学者たちが、水素のような気体が孤立した原子としてではなく二原子分子として動くという考えを容易には受け入れられない、対立する体系に身を委ねていたからである。その推測は正しかった。だが時期尚早であり、そのまま待ち続けることになった。
カールスルーエはいかにして霧を晴らしたか
カニッツァーロが理解していたこと、そして彼の小冊子があれほど明快に論じたことは、アボガドロの顧みられなかった仮説こそが、互いに競い合う原子量の混乱を解きほぐすために必要な、まさにその道具だということだった。さまざまな気体化合物の等しい体積をとり、それを量り、アボガドロの原理を当てはめれば、原子について首尾一貫した相対的な重さを導き出し、ついには原子一個の重さと分子全体の重さとを切り分けられる。水をHOにもH₂Oにもしていた混乱は、誰もが共通の、自己矛盾のない重さの体系に同意したとたんに溶けて消えた。
1860年のカールスルーエ会議は、化学が一つの言語を話しはじめた瞬間として、まさに記憶されるにふさわしい。十年のうちに、この分野は首尾一貫した原子量の表を手にし、その土台の上に、ポケットに小冊子を忍ばせたメンデレーエフが周期体系を築き上げることになる。カールスルーエの五年後、ウィーンで、物理学者ヨハン・ヨーゼフ・ロシュミットが次の一歩を踏み出し、一定体積の気体のなかに実際に何個の分子があるのかについて、初めて本物の数値的な見積もりを生み出した。「同じ数」という抽象的な考えが、初めておおよその大きさを帯びたのである。粒子からグラムへ渡る橋に、いまや目盛りが刻まれた。
モルで数える
その橋を日々使うために、化学には標準的な包みが必要だった。粒子の一定量に名前を与えたもの、ちょうど食料品店の主人が卵を一つずつ数えるのではなくダースで取引するのと同じものである。その包みがモルであり、物質量を表すSI単位だ。何であれ一モルには、それらの存在が特定の決まった数だけ含まれており、その数はいまや正確に6.02214076 × 10²³と定義されている。この数値がアボガドロ数であり、彼自身は一度もそれを計算しなかったにもかかわらず、1811年の推測によってこの営み全体を可能にした人物にちなんで名づけられた。
この数はほとんど想像を絶するほど大きい。六千二十二垓は、普通の経験をはるかに超えているため、たとえようとしても言葉が追いつかない。一モルの砂粒があれば、地球上のすべての大陸を何メートルもの深さに埋め尽くしてしまうし、一モルの秒は宇宙の年齢よりもはるかに長い。それでいて、一モルの水はなんということもない一口分、およそ十八グラム、ほんの数すすりである。この対比こそが要点のすべてだ。原子はあまりに途方もなく小さいので、ありふれた量の物質のなかにさえ天文学的な数の原子が含まれており、モルとはその数を扱いやすくするための、単なる帳簿づけの単位なのである。
ほとんどすべての初学者がつまずく一点を、強調しておく価値がある。モルは数であって、質量でも体積でもない。それは「ダース」という言葉のように振る舞う。ただしはるかに大きいだけだ。一ダースの卵と一ダースの象は、重さがまるで違うにもかかわらず、どちらも十二である。それと同じように、一モルの水素と一モルの鉛は、鉛のほうがはるかに重いにもかかわらず、どちらも6.022 × 10²³個の原子だ。モルは純粋に数であるからこそ、何を数えているのかをつねに言わなければならない。原子一モル、分子一モル、電子一モル、というように。何の存在も添えられていない、ただの「モル」は、何もないものの一ダースと同じくらい無意味である。
なぜモル質量がすべての仕掛けなのか
ここで、モルは単なる物珍しいものであることをやめ、化学でもっとも役に立つ考え方になる。一モルのなかの粒子数は、ある元素一モルの質量をグラムで表した値が、その元素の原子一個の質量を原子質量単位で表した値と数の上で等しくなるように、意図的に選ばれた。この量がモル質量であり、グラム毎モルで与えられる。
炭素原子一個の質量はおよそ12.011原子質量単位であり、したがって炭素一モルの重さは12.011グラムである。酸素原子一個の重さはおよそ15.999原子質量単位なので、酸素原子一モルの重さは15.999グラムだ。この仕掛けは、寄与を足し合わせることで化合物にも広がる。水分子H₂Oの質量はおよそ18.015原子質量単位なので、水一モルの重さは18.015グラムである。周期表から読み取る数は二つの役目を果たし、原子一個の相対的な重さと、それが一モル分集まったときのグラムでの重さの両方を教えてくれる。
これが、実用的な化学の核心にあるひそかな奇跡だ。どんな装置も原子を直接数えることはできないが、どの研究室にもてんびんがある。モル質量が単一粒子の世界とグラムの世界とを結びつけているからこそ、化学者は試料を量るだけで、そのなかに原子や分子が何個あるかを突き止められる。目に見えるありふれたものを測ることで、目に見えない天文学的なものの値を知るのである。
換算の三角形を動かす
この考えの日々の仕組みは、化学を学ぶ者が換算の三角形として学ぶものに集約される。それはわずか二つの関係で三つの量を結びつける。質量はmと書かれグラムで測られるが、これはモル質量Mを通じて、nと書かれモルで測られる物質量と、n = m / Mという式で結びつく。次にモルでの物質量は、アボガドロ数N_Aを通じて、Nと書かれる実際の粒子数と、N = n × N_Aという式で結びつく。質量からモルへ、そして粒子へ、短い二段階である。
どの学生も最初の一週間で取り組む例を考えてみよう。12.011グラムの炭素をとる。モル質量である12.011グラム毎モルで割ると、ちょうど1.00モルになる。アボガドロ数を掛ければ、この小さな炭の塊がおよそ6.022 × 10²³個の炭素原子を抱えていることがわかる。二つ目の例題は、同じ三角形を水について動かす。18.015グラムの水をとり、そのモル質量で割って一モルを得れば、その一モルには6.022 × 10²³個の水分子が含まれている。各分子は三つの原子、すなわち二つの水素と一つの酸素からできているので、同じ一すすりの水には、およそ1.807 × 10²⁴個もの個々の原子が含まれている。換算の三角形は、あなたがこの先出会うことになる、ほとんどあらゆる化学量論の問題を動かすエンジンなのだ。
その真の力は、化学反応式がてんびんと出会うときに現れる。釣り合いのとれた反応式は、ひそかにモルについての記述になっている。水素が酸素のなかで燃える反応は、2 H₂ + O₂ → 2 H₂Oと書かれるが、これはそのまま、二モルの水素が一モルの酸素と反応して二モルの水ができる、と読める。そのモルをモル質量を通じてグラムに翻訳すれば、4.032グラムの水素が31.998グラムの酸素と結びついて、36.030グラムの水を生むことがわかる。質量はぴたりと釣り合う。アントワーヌ・ラヴォアジエの質量保存の原理が要求するとおりに。なぜなら、モルが、数えられた粒子についての記述を、量れる量についての記述へと変えたからである。これこそが、製造者が分子一個も数えることなく、試験管からタンクローリーへと反応の規模を拡大できる理由なのだ。
定義によって固定された数
その生涯のほとんどのあいだ、モルは物理的な対象に結びつけられていた。もともとは、ちょうど十二グラムの炭素12のなかにある原子の数として定義されていた。それはつまり、アボガドロ数が単に宣言されるものではなく、ますます精密に測定されるべきものだったということだ。それが変わったのは2019年5月20日である。国際単位系が、その基本単位の大々的な再定義を行った。アボガドロ数は、布告によって正確に6.02214076 × 10²³毎モルと固定された。
この転換は実用的というより哲学的なものだが、それでも優美である。モルは、ある特定の物質の質量から切り離され、定義された定数に錨を下ろした純粋な数へと変えられた。それはちょうど、メートルがいまやパリ近郊の金庫にある金属の棒ではなく、固定された光の速さによって定義されているのと同じ精神においてである。試薬を量り取る化学者は、何の違いにも気づかないだろう。値が変わったのは、その最後の、消えるほど小さな桁だけだからだ。だが論理はいまやより清らかになった。アボガドロ数は、もはや自然がわれわれから隠し、われわれが測定に苦労するものではない。それはわれわれが選んだ値であり、数える体系全体がその上に支えられている、固定された基準点なのである。
重要なポイント
モルは化学の数える単位であり、物質量を表すSIの尺度だ。そして2019年以来、正確に6.02214076 × 10²³個の存在として定義されている。この数値は、等しい体積の気体は等しい数の分子を抱えるという1811年の仮説によってこの考えを可能にしたトリノの弁護士にちなんで、アボガドロ数と呼ばれる。その仮説は、1860年にカールスルーエでカニッツァーロがよみがえらせて初めて実を結んだ。その決定的な便利さは、ある物質のグラム毎モルでのモル質量が、原子質量単位での粒子一個の質量に等しいことにある。だからこそ炭素一モルは12.011グラム、水一モルは18.015グラムの重さになり、化学者はありふれたてんびんでグラム数を量るだけで、目に見えない原子を数えられるのだ。換算の三角形は、n = m / MとN = n × N_Aを通じて質量、モル、粒子数を結びつける。そして釣り合いのとれた反応式が本当はモルについての記述であるからこそ、それは化学式を、質量を正確に保存する質量のレシピへと変える。何よりも覚えておいてほしいのは、モルは質量ではなく数であり、巨大なダースのようなものだということ。だから数えられている存在を、つねに名指さなければならない。
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